■2002/12/30 (月)
またまたここぞといわんばかりに、いってきました。
我がホームゲレンデである岐阜奥美濃の「めいほう」へ!
寒かったぶん雪質もよく、よくスキーもスベル滑る!
雪量はまだ少なめやったけど、しっかり楽しめました!!
■2002/12/30 (月)
またまたここぞといわんばかりに、いってきました。
我がホームゲレンデである岐阜奥美濃の「めいほう」へ!
寒かったぶん雪質もよく、よくスキーもスベル滑る!
雪量はまだ少なめやったけど、しっかり楽しめました!!
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-30 at 2:46 PM
垢を落とせば……

ホノルルのダウンタウンに、主にビジネスの人を対象に発行している新聞社がある。女性経営者のスージーは、ダウンタウンの中でしばしば事務所を移転している。従業員もめまぐるしく変わる。厳しいボスらしい。
私たちの事務所も11月に移転したので、スージーに電話をした。
「スージー、今のオフィスはどこなの?」と挨拶替わりに尋ねると、彼女はその意味を理解しているといったふうに笑いながら住所を言った。
ダウンタウンの中で、もっと居心地の良い場所が見つかったらまた移動するだろうと、私はいいかげんに聞いていた。が、「今のオフィスは人の行き来がよく見えておもしろいのよ」と嬉しそうな声でスージーは言った。するとしばらくはそこにいるかもしれない。
「私たちの事務所も引っ越ししたのよ。遊びに来ない?」と誘った。
「ありがとう。でも月曜から金曜までは仕事が詰まってるのよ。週末はマウイ島に帰ってるしね」
「マウイに?それは知らなかった。家族がマウイ島にいるの?」
「ううん私一人よ。家がマウイ島にあるから週末には飛行機で帰ってるのよ。
毎日の仕事はストレスでいっぱいだから、ホノルルを離れてゆったりとくつぎたいからね!」
「うん、わかるわかる。それはいいことね!」
「マウイ島には画家や彫刻家がたくさん住んでいるのよ。
芸術家が好む島なの。ミチコもいつかおいで。気に入るわよ!」
「そう?いつかいっしょについて行ってもいい?」
「うん、いいよ」…………
いつかマウイ島のスージーの家について行くということに話は決まり、電話を切った。
ホノルルの人々は忙しい。オアフ島の反対側に住んでホノルル市内に通勤する人も、毎日「えっちらほいさ」と運転しなければならないので疲れている。夕刻の渋滞した道路にイライラしても、郊外の家にたどり着くとまた気分が変わるのだろう。
年末年始は楽しい時期ではあるが、みんな疲れている。会社勤めの人も、経営者も、お医者さんも、新聞記者も、主婦も、みんな疲れている。
クリスマスからパーティー続きでおつきあいに忙しくて「休暇の行事で疲れたから、休暇の休暇が欲しい」と年の始めに言う人もいるが、スージーのような経営者は、即、何らかの処置を取るだろう。「楽しい!怖い!」が同時にやってくるようなものだ。
近ごろの日本は、暮れの大掃除や、年始の書きぞめはしないのだろうか。家の中は普段からそれなりにきれいにしているので、そんなことよりもお付き合いの方が忙しいのかもしれない。
私たちは事務所の引っ越しで10月下旬と11月初旬は大掃除だった。移転先は2筋ほど先で、同じ町内のようなものだった。「事務所風」から「長屋風」にパターンを変えるつもりだったので、金属性の事務机やファイルキャビネット類など多くの備品は、引っ越しを手伝ってくれた友人たちの組織に寄付をして喜ばれた。
それでも、古い箱や、キャビネットや、机の引きだしに詰め込んでいた古い資料や捨て惜しんでいたものを、保存と処分の仕分けをするのに時間を費やした。垢というものは、たまに洗い流さなければならないものだとつくづく思った。
あちらの引きだし、こちらの棚からは、色画用紙や種類の違う新しい紙類がたくさん出てきた。そんなものを一カ所にまとめてみると、使えるものが使われないままに眠っていることも実感した。
12月初めに、事務所移転のお知らせを兼ねて、少しばかり早めのクリスマスカードを作った。色とりどりの画用紙を選んで半分に切り、それをまた半分に折った。硯で墨をすり、筆で書いた。
ほんのりと立つ墨の薫りに心が落ちついた。アメリカにはない匂いだった。私は筆と遊んだ。書いていると、書き切れないたくさんの人たちの顔が次々に浮かんできた。そして、書けなかった人たちには「またね」と心の中でお詫びを言ってから筆を置いた。
部屋に残る微かな墨の薫りは、年の暮れの喧騒から一転した元旦の静けさのようだった。ゆるやかに流れる川の面のようでもあった。が、ふと気がつくと、表のカラカウア通りを行き来する自動車音が、妙に快活に鳴り響いてきた。
長屋風の新天地には「喧騒と静寂の世界」が同時に存在している。それも悪くない。
(毎日新聞USA連載)
Dolce 0 Comments : 2002-12-29 at 8:33 PM
■2002/12/27 (金)
久々に実家に帰省。
今年はなにもないゆっくりとした正月を
迎えることができそうです。。
しかし、持ち帰った宿題・レポートは山積み。。
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-27 at 2:43 PM
Do you know Mayuko Matsumoto’s mailing address? I wrote her a card and then realized that she only gave me her email address. I wanted to send her a card, because I wrote my message in Japanese, and I can’t send her a Japanese email. Thanks!
Allison
松本真由子さんの住所をご存知ですか。彼女にカードを書いたのですが、メールアドレスしか貰っていないことに気付きました。残念ながら、私のコンピューターからは、日本語のメールを送れません。彼女に日本語でカードを書いたので、是非、送りたいと思っています。宜しくお願いいたします。
アリソン拝
AllisonChang 0 Comments : 2002-12-27 at 3:53 AM
■2002/12/26 (木)
今シーズン初スキーを芸北国際まで行ってきた。
寒気が流れ込んできていたせいか、雪がふりしきるgood condition!!
12月の広島のスキー場にしては最高でした!
今年買ったnew板も順調!
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-26 at 2:41 PM
■2002/12/25 (水)
広島の北東部に位置する庄原市にある、光のイルミネーションが
きれいなところに行ってきた。
あたりは雪が降りしきってイルミネーションに映えること!!
でもあまりにも寒すぎたので、茶屋でぜんざいをすする。
あったまるぅ。
ケ○タッキーで胸ぐらをつかまれながら働いていた悪夢の
X’masとはおさらばだぜ!
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-25 at 2:38 PM
When we go the Onsen I always have problems finding a Yukata that is big enough. The first Yukata that I tried on only came to my knees. My wife’s mother called the front desk and had them bring a larger one. That one came to half past my knee. Wife’s mother kiyoku-san called the front desk again. They finally found a XXX large yukata that fit. I guess they don’t see many tall americans at that Izu onsen.
温泉に行った時のお話です。聞いてください!
温泉に行くと、私に合った大きさのゆかたを探すのに、いつも苦労します。私 がはじめて着たゆかたの丈は、私の膝までしかありませんでした。そこで、義理の母、きよ子さんがフロントに電話をしてくれました。そして、もっと大きい ゆかたを持ってくるようにと言いました。次のものは、膝とかかとの中間まででした。母は、また、フロントに電話をしました。旅館の人は、ついに、私に合う 超特大のゆかたを探して来てくれたのでした。恐らく、あの伊豆温泉の旅館では、背の高いアメリカ人は、そんなに多く見かけないのでしょう。
おんせん に いった とき の おはなし です。 きいてください!
おんせんに いくと、わたし に あった おおきさ の ゆかた を さがす のに、いつも くろう します。 わたし が はじめて きた ゆかた の たけ は、わたし の ひざ まで しか ありませんでした。そこで、ぎり の はは、きよこさん が フロント に でんわ を してくれました。そして、もっと おおきい ゆかた を もってくる ように と いいました。つぎ の もの は、ひざ と かかと の ちゅうかんまで でした。はは は、また、フロント に でんわ を しました。りょかん の ひと は、ついに、わたし に あう ちょう とくだい の ゆかた を さがして きて くれたのでした。おそらく、あの いず おんせん の りょかん では、せ の たかい アメリカじん は、そんなに おおく みかけないのでしょう。
ScottBreen 0 Comments : 2002-12-23 at 7:44 PM
■2002/12/20 (金)
学校が終わったその足で電車に飛び乗り、一路神戸へ!
実家に近いのに機会に恵まれず行ったことのなかった神戸ルミナリエ。
光の回廊は、写真で見るよりもはるかにきれい。
20日ということもあり、人は少なめでゆっくりと鑑賞することができました。
思えば、震災の時に始まったこのルミナリエ。
当時のことを思い出すと少し感慨深くなりました。
また写真でアップします。
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-20 at 2:35 PM
■2002/12/19 (木)
うちの妹が明日、イギリスへ行く。
2度目の渡英で、英語の勉強+向こうにいる彼氏に会いに行くのが目的らしい。
人生いろいろ。かたや27で仕事を辞め、大学に入り直す息子、そしてその妹。
母親には頭が上がりませぬわい。m(_ _)m
TatsuruArimura 0 Comments : 2002-12-19 at 2:34 PM
Recently my mother in law, who was born and raised in Japan but now, is living in Taiwan, came for a visit to Hawaii. When I picked her up from the airport I could only use a limited amount of Japanese so asked her the very general things. How was her flight? How was her mother doing? Did she eat?
I really wanted to comment on how nice she looked especially her skin. Apparently she did something to it and it was a noticeable improvement. I tried my best to communicate to her in Japanese-English and hand motions that her skin looked smoother and that there was a difference. For whatever reason she didn’t take the comment well. She smiled politely but not enthusiastically.
When my wife came home I wanted her to translate the details of my admiration for her mothers skin facial improvement and when she translated my mother in law seemed to have a weight lifted from her shoulders and was very thankful. Because the whole day, until my wife came home, my mother in law thought I told her that her skin looked worst than before and that she looked older.
見た通りの値打ち
最近、義理の母がハワイに来ました。彼女は、日本で生まれ育ち、現在、台湾に住んでいます。空港に迎えに行った時、私は限られた日本語しか話せませんでした。それで、ごく一般的なことを尋ねました。「フライトはどうでしたか?」「おばあさんはお元気ですか?」「食事はすませましたか?」
しかし、本当に伝えたかったことは、母がどんなに素敵で、特に肌が美しいかということでした。確かに、母は何かをしていて、著しくきれいになっていたのです。私は、可能な限りの和製英語と身振り手振りで、母の肌がなめらかで、以前と変わったことを伝えようとしました。どういう訳か、母はそれを良いように受けとめてくれませんでした。彼女は上品にほほえみましたが、心からの笑顔ではありませんでした。
妻が家に帰って来た時、母の肌が若々しくなっているのに感心したことを、きちんと通訳して欲しいと思いました。そして、妻が通訳すると、母は肩の荷が下りたようになり、とても感謝してくれました。義理の母は、妻が家に帰ってくるまで、丸一日、私が、以前よりも肌が悪くなって、ふけたと言ったのだと思っていたのでした。
みた とおり の ねうち
さいきん、ぎり の はは が ハワイ に きました。
かのじょ は にほん で うまれ そだち、げんざい、たいわん に すんでいます。
くうこう に むかえに いったとき、わたし は かぎられた にほんご しか はなせませんでした。
それで、ごく いっぱんてきな こと を たずねました。
「フライトは、どうでしたか?」「おばあさんは、おげんきですか?」、
「しょくじは、すませましたか?」
しかし、ほんとうに つたえたかった こと は、はは が どんなに すてき で、
とくに、はだ が うつくしい か と いうことでした。
たしかに はは は なにか を していて、いちじるしく きれいに なっていたのです。
私は、かのうなかぎりの わせい えいご と みぶり てぶり で、
はは の はだ が なめらかで いぜんと かわったこと を つたえようと しました。
どういうわけか、はは は それを よい ように うけとめてくれませんでした。
かのじょ は じょうひんに ほほえみましたが、こころ から の えがお では ありませんでした。
つま が いえ に かえって きた とき、はは の はだ が わかわかしく なっている のに
かんしん した ことを、きちんと つうやく してほしいと おもいました。
そして、つま が つうやく すると、はは は かたのに が おりたようになり、とても かんしゃ
してくれました。ぎり の はは は、つま が いえ に かえってくるまで、まるいちにち、
わたし が、いぜん より も はだ が わるく なって ふけた と いったのだと おもっていたのでした。
MichaelCape 0 Comments : 2002-12-18 at 2:21 AM